幹細胞治療は近年、医療分野の最前線を走る技術として注目されていますが、2021年に発表された一つの論文が、この分野に新たなパラダイムをもたらしました。
それが、Cells誌に掲載されたオルト教授(Eckhard Alt)らによる画期的な論文
「Perspective: Why and How Ubiquitously Distributed, Vascular-Associated, Pluripotent Stem Cells in the Adult Body (vaPS Cells) Are the Next Generation of Medicine」です。
この記事では、この論文の主張と医学的意義をわかりやすく解説しながら、なぜこの発見が“次世代医療”の扉を開く鍵となるのかをご紹介します。
vaPS細胞とは何か?
vaPS細胞(vascular-associated pluripotent stem cells)とは、直訳すると「血管に付随して全身に存在する多能性幹細胞」です。
オルト教授らの主張によれば、私たちの体のほぼすべての血管の外膜に、このvaPS細胞が“普遍的に存在している”のです。
これらの細胞の特徴は以下の通りです:
- 未分化で、複数の細胞種に分化可能(多能性)
- 外部刺激(損傷や炎症など)に応じて活性化される
- 加齢や疾患によって減少しにくい、安定した存在
- “脂肪組織”中に豊富に含まれており、採取が比較的容易
このような細胞が全身に存在している、という事実は、再生医療の常識を根本から変える可能性があります。
なぜ「画期的な発見」なのか?
これまでの幹細胞研究では、以下のような仮説が一般的でした:
- 幹細胞は骨髄や脂肪に“存在している”が、特定の環境下でのみ活性化される
- 幹細胞は加齢とともに減少・劣化する
- 臓器ごとに“ニッチ”と呼ばれる特別な環境が必要で、幹細胞はそこに限局する
しかしオルト教授の論文では、これらを覆す視点が提示されます。
「幹細胞は“どこかにある”のではなく、全身に分布している。しかも血管の外膜という“最も普遍的な場所”に。」
この事実は、「再生医療は、もはや特別な環境下だけでなく、全身レベルで作用しうる」という新たな道を示しています。
vaPS細胞とInGeneronの治療技術の関係
オルト教授が設立したInGeneron社は、まさにこのvaPS細胞の存在を前提とした幹細胞抽出技術を確立しています。
InGeneronが提供する「Transpose RT」システムで脂肪から抽出されるUA-ADRCs(未培養・自己由来の脂肪組織再生細胞群)の中には、vaPS細胞が豊富に含まれているとされています。
つまりこの論文は、「今まで見過ごされてきた“血管付随幹細胞”こそが、実際の再生力の源だった」というInGeneronの治療理論を科学的に裏付けた内容でもあるのです。
vaPS細胞が“次世代医療”と呼ばれる理由
1. 採取が容易
脂肪組織をわずか数cc吸引するだけで、多くのvaPS細胞を含んだ再生細胞群を得ることが可能です。これは骨髄移植のような侵襲的手法と比べて非常に負担が少ない方法です。
2. 倫理的ハードルが低い
自己由来かつ未操作の細胞であり、遺伝子改変や胚性幹細胞と違い倫理的・法的な問題がほとんどありません。
3. 多くの疾患に対応可能
vaPS細胞は、神経、筋肉、血管、皮膚、心筋など多くの組織に分化する能力を持つため、様々な疾患や損傷の治療に応用できると期待されています。
4. 自然な再生プロセスを誘導
人工的に培養・操作された細胞と違い、vaPS細胞は生体の自然な再生プロセスに沿って働くため、副作用や拒絶反応のリスクが極めて低くなります。
論文で示された実証データと洞察
この論文では、vaPS細胞の存在が以下の複数の研究や実験的観察を通じて裏付けられています。
- 顕微鏡レベルでの血管構造解析により、血管外膜に未分化細胞が定常的に存在することを確認
- 同様の細胞が脂肪組織から分離された実例を多数紹介
- ヒトおよび動物モデルにおいて、抽出された細胞が多能性を持つことを確認(神経・筋肉・軟骨などへ分化)
さらに、vaPS細胞の動員や活性化には、損傷・炎症・低酸素状態などの生理的シグナルが関与しており、これは自然治癒力との関連を強く示唆しています。
医療現場へのインパクト
この発見により、今後の医療は次のように変化すると予想されます。
- 外科手術後の再生治療 → 患者自身の脂肪を使ってvaPS細胞を即時抽出・投与する治療が常識に
- スポーツ外傷や関節疾患 → 人工関節に代わる“自己組織再生治療”として活用可能
- 慢性疾患(糖尿病、神経障害など) → 長期炎症による組織損傷に、自己再生能力で対応
これらは、従来の薬物療法や手術療法では対応しきれなかった領域に光を当てる“革命的治療”となるでしょう。
まとめ:再生医療の“次の時代”が始まった
オルト教授のこの論文は、単なる理論提唱ではなく、既に臨床応用が始まっている実践的な医学的シフトの裏付けでもあります。
vaPS細胞の存在を前提とした医療技術は、侵襲性が低く、倫理的にも優れ、効果も多面的であるという三拍子が揃っており、まさに次世代の医療の中核を担う存在と言えるでしょう。
幹細胞治療の未来に興味がある方は、今後このvaPS細胞という言葉が再生医療の常識になる日が近いことを、ぜひ覚えておいてください。
※参考論文:
“Perspective: Why and How Ubiquitously Distributed, Vascular-Associated, Pluripotent Stem Cells in the Adult Body (vaPS Cells) Are the Next Generation of Medicine”
Published in Cells, 2021
DOI: https://doi.org/10.3390/cells10113179